きろくシリーズコンセプト

SERIES KIROKU CONCEPT

植え付けから古い樹で20年以上の歳月を経た自社畑の欧州種。その年もっとも良く熟した房のみを選別して収穫・醸造し、これまで平仮名の「それいゆ」シリーズとしてリリースしてきました。世界の銘醸地に比べて温暖湿潤な日本の山梨で、世界共通品種でどこまでのものが作れるのか。日本の山梨の、私たちならではの味わいとはどんなものなのか。それを知りたくて私たちは樹を植えました。

それから20年。幾度かの当たり年を経験する事ができたことはとても幸せでしたが、温暖化の影響は当初の想像をはるかに超え、この20年で豪雨や長雨の被害、高温化によるブドウの着色障害などが顕著となりました。質量ともに安定した地域を産地と呼ぶとすれば、それは確実に、標高と緯度の高い地域に移っています。現在自社畑では温暖化に対応しいくつかの別品種の栽培をスタートしています。これらの品種をブレンドして質・量ともにバランスのとれたワインを生産する事は理にかなっています。

しかし一方で、気候条件に恵まれさえすれば良いワインが作れるのか、そもそも良さとはどういうことなのかと、折に触れて考えるようになりました。そして、良さというものが喜びや幸福に関係づけて語られるのであれば、それはそのものの中に存在するのではなく、そのものを通じて開かれる喜び、生の肯定、感謝の気持ちに他ならないと考えるようになりました。それは追い求めて勝ち取るようなものではなく、与えられた環境や変化をまず受け入れることによって開かれる地平ではないかと。

そこで自社畑では、品質の良さで記録を目指すのではなく、この加速する温暖化の中で、一年ごとのワインの営みを忠実に記録していくことをこれからの20年のワインづくりの目的とする事にしました。

もしも死の直前に、走馬灯のように過去の思い出が蘇るとしたら、それは、雨上がりのブドウの葉が陽に照らされて輝く光景、美味しそうに葉を食べるイモムシ、忙しく動き回るテントウムシ、そして一緒に収穫した仲間たちや、訪れてくれた人たちの笑顔がちりばめられた映像であろうと思います。一つ一つは何でもないシーンでも、辛く苦しい痛みの記憶の上にそっと積み重ねられていく色のように、生きる喜びを補給してくれた風景。それらを写し取るように、毎年のワインを記録していきたいと思います。

雨宮千鶴

版画家。山梨県山梨市生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業。90年代より県内外の個展・グループ展で作品を発表。バルナ国際版画ビエンナーレ、Shinzaburo TAKEDA国際版画ビエンナーレ(メキシコオアハカ州立版画美術館)に出品。勤務する山梨県立美術館ではワークショップ「みんなでつくる美術館(みなび)」の企画、山梨人ねっこアートワークでは障碍者作品展の企画に携わる。1996年山梨県芸術祭芸術祭賞、97年ぶどうの国の国際版画ビエンナーレ グランプリ。山梨美術協会、日本版画協会会員。